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東京地方裁判所 平成5年(特わ)1078号 判決

主文

被告人を懲役一年二月に処する。

この裁判の確定した日から三年間刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、中華人民共和国国籍を有する外国人で、昭和六三年九月二三日、同国政府発行の旅券を所持し、千葉県成田市の新東京国際空港に上陸して、日本国内に入つたが、在留期間は、平成二年三月二三日までであり、同月二〇日付でその在留期間の更新を申請したのに対し、同月二二日法務大臣がこれを許可しない旨決定し、同月二七日その旨の通知を被告人に発送したにもかかわらず、同月二七日ころ以降も日本国から出国せず、平成五年五月一〇日まで埼玉県内などに居住して、在留期間更新不許可通知のなされた後も、在留期間を経過して日本国内に残留した。

(証拠)《略》

(補足説明)

一  被告人は当公判廷において、在留期限の経過する以前に期限を一年間延長する旨の更新手続をとつたので、在留期限経過後の一年間は、不法滞在にはならないと考えていた旨主張する。

二  関係証拠によれば以下の事実が認められる。

1  被告人は、在留資格・就学、在留期間・六か月間の資格で日本国に入国後、日本語学校に入学し、平成元年二月二三日付及び同年九月八日付で、在留期間更新手続をとり、そのいずれもついても、六か月間の期間在留期間延長が許可された。

2  被告人は、平成二年三月二〇日付で、服装の専門学校に入学するために一年間在留期間を延長してもらいたい旨の在留期間更新許可申請書を法務大臣宛に提出したが、その際、被告人は、日本における居住地として、「東京都中野区《番地略》」を表示していたが、当時被告人は、その場所に居住しておらず、渋谷方面に転居していたというのみで、当時の被告人の住居については、公判廷においても被告人自身明確に説明できない。また、被告人の公判供述によれば、居住地と表示した場所に被告人の知人が居住していたが、その氏名は明らかに出来ず、また、その知人には被告人の稼働先を知らせず、深夜に帰宅した被告人のもとにその知人が訪問するという方法でしか連絡がとれなかつたというもので、被告人への確実な連絡方法があるとは認めがたい。

3  被告人の平成二年三月二〇日付在留期間更新許可申請については、東京入国管理局では、在留期間更新を許可するに足る相当の理由が認められないとして、不許可と決定され、不許可決定を告知するため被告人に出頭を指示したが、被告人が出頭しなかつたため(ただし、その出頭指示がいかなる場所に宛てて、いかなる手段でなされ、それを被告人自身が知りえた状況であつたか否かは不明である。)、不許可通知書を被告人が許可申請書に記載した日本における居住地宛てに郵送したが、返送された。その後、東京入国管理局において検討した結果、更新申請の際被告人が提出した書面のうち日本語学校における学業成績・出席状況を記載したものについて事実と異なる記載があつたことや入学予定の専門学校の入学許可書の記載にも疑問を生じる点があつた。

4  被告人は、平成二年三月二〇日付在留期間更新許可申請当時は、その申請が許可されなくとも、直ちに、日本から出国する考えはなく、たとえ不許可となつても、二年間程度の期間はそのまま日本国内にとどまる考えであつた。

5  被告人は、平成二年三月二〇日付在留期間更新許可申請当時は、その申請が許可されたか否かを、被告人から積極的に知りたいという考えはなく、現実にもそれ以後、被告人自身の方から、在留期間更新手続の事務を取り扱つている東京入国管理局に申請が許可されたか否かを問い合わせるなどその結果を把握する努力をしていない。

6  被告人は、平成二年三月二〇日付在留期間更新許可申請をした以後は、在留期間更新許可申請等在留期間を延長する手続は一切行つていない。

三  ところで、法は在留外国人に対して在留期間更新許可の申請権を認め、これに対応して法務大臣には同申請につき許否のいずれかの処分をなすべき義務を課していると理解されるから、在留期間更新申請をした被告人は、これに対する許否の処分がなされるまでは、たとえ旅券に記載された在留期間が経過した後においても不法残留者として責任を問えないものと考えられる。

すると、二の事実関係を前提とすれば、本件被告人の不法残留の始期は、東京入国管理局が右在留期間更新不許可通知を発送した平成二年三月二七日ころとするのが相当である。

なお、被告人は、平成二年三月二〇日付在留期間更新許可申請にあたつて、当時の被告人の真実の日本における居住地を申請書に記載せず、東京入国管理局から被告人に対する確実な連絡方法も認められず、被告人自身、その申請が許可されなくとも、直ちに、日本から出国する考えはなく、たとえ不許可となつても、相当期間はそのまま日本国内にとどまる考えであり、その申請が許可されたか否かを、被告人から積極的に知りたいという考えもなく、現実にもそれ以後、被告人自身の方から、在留期間更新手続の事務を取り扱つている東京入国管理局に申請が許可されたか否かを問い合わせるなどその結果を把握する努力をしていないという本件については、右申請の不許可通知が被告人に到達していないことをもつて不許可処分の効力が発生していないとすることはできないと考えられる。

四  また、被告人は、平成二年三月二〇日付で、服装の専門学校に入学するために一年間在留期間を延長してもらいたい旨の在留期間更新許可申請書を法務大臣宛に提出したので、被告人においては、在留期間が一年間延長され平成三年三月二三日までとなつたと考えていたのであるから、同日までの不法残留についてはその故意がなかつたと主張する。

五  しかしながら、被告人は、平成二年三月二〇日付在留期間更新許可申請にあたつて、当時の被告人の真実の日本における居住地を申請書に記載せず、東京入国管理局から被告人に対する確実な連絡方法も認められず、被告人自身、その申請が許可されなくとも、直ちに、日本から出国する考えはなく、たとえ不許可となつても、相当期間はそのまま日本国内にとどまる考えであり、その申請が許可されたか否かを、被告人から積極的に知りたいという考えもなく、現実にもそれ以後、被告人自身の方から、在留期間更新手続の事務を取り扱つている東京入国管理局に申請が許可されたか否かを問い合わせるなどその結果を把握する努力をしていなことを考慮すると、東京入国管理局が右在留期間更新不許可通知を発送した平成二年三月二七日ころ以降は、被告人に不法残留の故意があつたことは明らかであり、これに反する被告人の公判供述は信用できない。

(法令の適用)

罰条 出入国管理及び難民認定法七〇条五号

刑種の選択 懲役刑選択

刑の執行猶予 刑法二五条一項

訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

なお、本件公訴事実中、平成二年三月二四日から同月二七日ころまでの在留については、犯罪を構成しないものであり、これを無罪とすべきであるが、本件犯罪(継続犯)の一部として起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。

(検察官 吉田栄美 国選弁護人 日野修男 各出席)

(求刑 懲役一年六月)

(裁判官 荒川英明)

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